中国 香港 台湾 日本の年収とこれからの僕ら

日本へ戻って毎日結構忙しくしていますが、いけませんね、それだけが理由ではなく1ヶ月以上も書けていませんでした。何か日本に長い時間いると、儲からないアパレルの煩雑な仕事の連絡などで時間も取られるのと、生産場所の近くにいないのでどうもしっくりこなくて心配になって色々チェックすることに時間が取られてしまうというか、、まだ自分が管理者程度の器なのかもしれませんね。 蘇州の工場もぼくにいつ帰ってくるか?とか言っている場合ではなく、もっとしっかりしてもらわないと困ります。ここまで育ってくれたとも言えますがまだまだ頑張ってもらわないと!!

日本に入国してから何を書こうかと、考えていたことを落ち着いて振り返ってみました。まずは最近のニュースでよく言われていること、
『日本人の平均給与は30年前と変わっていなくて430万円くらい』について、昔のことを思い出して確かにそうだということ、これからどうなるのか?我々はどうするべきなのか?何が日本、中国のためにできるのか 僕らのアパレル中国生産を取り巻く小さな世界の中で考えてみたいと思います。

いつだったでしょうか?多分1990年くらいに中国瀋陽で中国語を勉強していた頃、 その頃はネットとかなかったので日本から送ってもらった新聞か雑誌に書いてあったのか?その時確か4万3000ドル程度と書いてあり日本円で450万円くらいだと覚えています。
なぜそれを覚えているかというと、その当時同年代の瀋陽の友達やお世話になった先生たち、知り合った色々な人から話題として日本人の給料はいくらくらいなのか?という質問を受けることがよくあって、ちょうどいい知識を得ることができたなあ、という感じで『平均年收入大概450万日元』とそのみた記事通りに答えていました。この当時の記憶では、為替が1万円=250人民元くらいだったかと思うので、だいたいですが 450万円×250=112500元➗12ヵ月=9375元/月程度が単純計算の日本人の平均月収を人民元に直した金額でした。
つまり、彼らと同年代の日本人の大卒の人だと、今でもニュースとかでそれくらいだと言っていますが、月収20万円で人民元に直すと5000元/月と言うことです。

その時お世話になった 大学の日本語の教授の月収が250元/月と言われていたのをはっきり覚えているので、だいたい教授の一月の給料が日本円で1万円と言う感じでした(ただし、これは瀋陽の話であること、税金とか深く考えていないこと、それと、教授の方は現在問題になっている他の学校や塾での副業のある人が結構あおられて、実際はこれ以上の収入を得ている人が多かったです)。

その日本の収入のことを瀋陽の友人たちに言ったら 『さすが先進国日本だ、日本に行ってアルバイトしたい、日本からお金を持って帰ったら中国での生活は楽だ!』とかほとんどの人が言っていました。別に僕が何を日本の発展のために貢献したわけでもないのですが、日本人というだけである程度尊敬、羨望の気持ちを瀋陽の人たちも持っていたと思います。

その1990年頃より5〜6年前の1984〜5年ごろにこの日本語の教授が公費で岡山大学に研究のため留学されていました。その時アルバイトで中国語を教えられていて、まあまあの蓄えたお金を持ち帰ったと言われていたし、その娘さんがその後私費で岡山大学に留学された時は僕の父親が保証人になってあげていました。世話好きの僕の母は、その後彼女の旦那さん(大連の近くの田舎の人だったと思うのですが)もその後公費で留学されて、もともと僕たち家族が住んでいた家屋の空いていた部屋にその夫婦を住ませてあげていました。

僕の両親は親切で家賃など取っていなかったはずですが、彼女たちのために中国語のアルバイトとかも紹介してあげたり、たまたま僕の中学のサッカー部の友達の父親が岡山大学の教授で、その奥さんも非常に世話好きのいい人でその旦那様である教授を通じて本科に推薦もしていただいたと思います。そんなこんなで岡山でもまあまあの収入もありお金の面だけでも充実していたと思います。実際 留学されていた旦那さんはその後、2人でアメリカへ渡りアメリカでもロボットに関する研究を続けて、著書も出されていました。その本の中の一文に岡山で非常にお世話になった僕の母親について感謝の気持ちが書かれてあったらしくて、喜んでいました。
もう引退されているかもしれませんが、僕などよりずっと社会に貢献されていたと思います。夫婦でアルバイトをして贅沢な生活もしないでお金を貯めながら、勉強にも大変な努力をして結果も出した成功者ということです。その時の日本で学んだ知識も非常に役立つものだったと思います。

という風に彼らが岡山でまだ働きながら勉強に勤しんでいるのを見て中国に来ていた僕は、瀋陽の人たち(当然生徒や先生を含めた学校の関係者と接することがほとんどのわけですから)も彼らのように日本へ行って勉強をしながらお金も稼ぎたいと思っている人が多いと感じていました。その当時の瀋陽で生活していた外国人の中で僕が親しくしたのはアメリカ人とカナダ人の数人くらいでしたが、アメリカに行きたいと思う中国の人はもっと多くて、特に英語を勉強する学生や若い先生などは非常に積極的に彼らアメリカ人と接していましたね。
学校の外事弁公室(ここが留学生を管理する組織)の人からは初めから「日本に行く保証人になってくれ、と言われたら断るように!」と言われていたし、世話好きで仲良くしていただいた中国語や武術の先生たちからも「(日本へ行く)目的をもって接してくる人に気をつけるように!」とか別の意味もあるかもしれないけど「女性にも気をつけるように!」とも釘を刺されていました。まあ1990年前後の中国で、しかも北京や上海とかには及ばない中都市瀋陽です。大連は1つの大学の留学生でも100人以上の日本人がいたところもあったときいていましたが、その当時の瀋陽市の日本人の在留人口は領事館の人を含めても100人もいなかったはずです。その当時は服装とか雰囲気でもすぐに日本人とみんながわかるほどの違いがあったし、要するに“目立つ”わけで日本人として不祥事など起こすのは言語道断だろうし、真面目に勉強していなかったら こいつは遊びに来たのか!という風にも噂が立つだろうし、気を引きしてめていたものです。

瀋陽に行って間もない1989年の学生運動真っ只中、ある瀋陽の大学の先生が僕のような中国語を勉強に来た30過ぎくらいの、会ったことのあった日本人女性と結婚してその後日本へ行きましたし、これも面識あった30くらいの日本人男性はその後 瀋陽の女性と結婚されて東京へ連れて帰っていました。更に言えば1991年くらいだったかその仲良くなった同年代の英語を教えに来ていたアメリカ人の男は非常に美しい英語を話すその大学の女性講師と結婚して卒業後故郷のシアトルに行っていました。彼とはその後も付き合いがあって働き始めて3〜4年後にシアトルに旅行に行った時、その妻である彼女と久しぶりに会いましたが、もう話し合いができていて、彼女がグリーンカードを完全取得できるようになったら離婚すると言っていました。アメリカ人も気にしないのか、ドライなところはアメリカと中国は似ているのか、日本で言えば 「偽装結婚」とも言えるかもしれませんね。
このような話は思い出せばもっとあったはずだし、接する機会がなかったヨーロッパの人とかも同じようなことがあったのだと思います。。
話を戻して、その当時はぼくらの先代の立派な日本人の働きのおかげで日本はお金もあって、先進国であって瀋陽の人たちの心の中にも一定の地位があって、給料にもそれだけ差があったわけです。

その後、東京に戻って人生最大の失敗であったかもしれないアパレルメーカーに勤め始めて、いただいた給料が手取り16万5千円くらいだったはずで、それでも中国との差は歴然としていました。
その後 1993年夏から香港に出向となって、手当てがあったのと、結構日本でも頑張ったと期待も込められて、交通費なども含めて手取りは23万円くらいでした。小さい会社なので僕はどうでもいいと思っていましたが、香港では結構重要なことである“役職”として僕はそこで“マーチャンダイザー”として台湾のメーカー経由で広東省生産しているセーターの生産管理をしていました。ここでその時の香港で一緒に働いてたスタッフの給料を思い出すと、1993年から1994年くらいの状態で、

1、 僕より少し若い23歳の香港人の男→ 僕が日本から来た頃就職して、以前つとめていた会社でも同じマーチャンダイザーの経験があって 1万香港ドル弱くらい/一月。
2、 彼女も同じ時期に入社して僕より2つ年上28歳、アパレル衣料販売経験あり、日本へ語学留学経験ありで、語学のセンスがあって北京語も日本語もかなりできて上海生産の北京語での連絡及び東京の会社との日本語での連絡をしていました。8000香港ドルくらい/一月。
3、 会計+マネージャーの補助の女性も28歳くらいだったはずですが、勤続年数が4年以上はあったと思います。11000香港ドルくらい/一月
4、 事務所で一番偉いボスであり、まだ28か29歳だけど、社長が香港事務所を作った時から働いているマネージャーの香港人の男、23000香港ドル/一月

→ しかし、この頃は極端な円高で日本円で給料をもらっていた僕はラッキーだったのですが、日本円に換算すると900(1000近くになったこともある)香港ドル以上=1万日本円くらいの時もあって参考としてはちょっとおかしいので700香港ドルくらい=1万円とすると、1万香港ドルの彼が単純計算で月収約14万円くらいとなります。
4のその時の僕らのボスである香港人のマネージャーでダブルペイを含めて年収約400万日本円ちょっと、上の1の若い男でだいたい年収200万日本円いかないくらいでしょうか。

ちなみにその時僕が担当で毎日連絡していた台湾のメーカーの担当者の女性で3.5万台湾元/一月。当時(今もほとんど変わらないはずですが)×4が日本円くらいだったので約14万前後で香港と同じくらい。

これは僕に関係するアパレル会社のレベルでの単純計算で、例えば香港の僕らの会社に勤めていた上の2の8000香港ドルの月給だった女性はその後香港の日本のアパレル商社に転職しましたが、13000香港ドルの月収になっていて年収だとダブルペイのボーナスを入れると250万日本円くらいの年収になっていました。これは日系企業で外資系になるので普通よりは給与レベルがちょっとは高いということです。

日本もそうですが、会社のレベルや規模とか職位、年齢もあるし、会社が小さいからといって収入が少ないわけではありませんが、アパレル関係の会社の給料は平均値より低い方のはずです。

そして約30年経過した今の平均年収は、
1、 日本はニュースではほぼ変わらず430万円くらいと言っている。
2、 香港はだいたい平均値で450万(から500万)くらいでしょうか。
3、 台湾は平均で300万〜350万日本円くらいだと友達も言っている。
4、 中国については例えば我々の上海事務所で長く働いていてくれている36歳の女性で年収230万日本円くらい。
僕の経験したこと、していること、その時聞いたことや調べたことを基にしているだけですが、多分だいたい合っていると思います。その数値がどうこうというのはもっとちゃんと調べている人がいると思うのでそれを発表するのが目的ではありません。

僕の経験でも明らかでここで言いたいのは、ニュースの通り日本は全然上がっていない、そして 香港 台湾 中国は完全に上がっているということです。30年前に日本へ行って働きたい、お金を稼ぎたいとおもっていた彼らも今激減しているわけです。僕がよくわかっているわけではないけど、やはり“(最)先端”の学問を求める人はアメリカへ行くという人が中国も多いはずだし、賃金が低いとなったら日本に住みたいと思う中国の人は少なくなっていくのも当然ですね。いずれこの状態が続いて、ベトナムとかマレーシアとかまだまだ時間がかかると思うけどバングラディッシュとかの人も日本に行きたいと思う人が少なくなる可能性があるということですよね。
日本のニュースではすでに韓国にも平均年収で負けている!とか、物価や消費税、社会保障負担などが30年前より当然多くなっているので実質貧乏になっているとか、若い人の負担は特に昔より大きくなっているとか言われているのもその通りですね。
それはそれとして、僕らの経験を活かせること、そして僕らのレベルで、これからどういうことをすべきなのか?何ができるのか?何をサポートできるのか?
今まで、仕事に命をかけてきた、、
中国にいて、どんなセーターが日本で売れるか?どれだけクイックな対応ができるか?どのようなものを提案すべきか?そして中国の何が日本で売れるか?そのようなことをずっと考えて、努力して今もギリギリやってこれてはいますが、もうダメでしょう。
上に書いた中国と日本の年収も逆転されるのもそんなに時間はかからないはずです。そうなると、この数年ずっと考えている、日本のものを中国で売るのはみんなが考える当然のことでしょう。僕が昔思った目的とは違って、中国の収入の方が多いので働きたいという日本人も多く出てくるでしょう。中国の企業の方が働きがいがあると考える人もいるでしょう。
そんな時が来た時にまだ我々が生きる道があるのか?
そのように中国にいろんな目的で行く人が増えれば日本人のコミュニティも増えるでしょう。今でも上海で日本人向けのいろんなサービスを行う会社もあるし、その中に日本企業や個人相手の中国語講座をやっている会社、日本人向けのネット販売をやっている会社もあれば日本人や企業あいての法律事務所もあります。飲食も含めたそういう会社を紹介する広告会社もあります。
縁があって訪問したことがあるのですが、日本のCEO企業が上海にも会社を作り、日本企業相手の中国向けの販売の集客、インバウンドの集客をしていて、日本人スタッフも数人いて結構な成果を上げていような感じでした。今風の今後も伸びそうな業種ですよね。中国へものを売りたいと思っていても集客はなかなか難しいわけですから。。。。アパレル脳の僕らの頭で追いつけるのか?同じ境遇の方の話も聞いてみたいです。
日本にいる間、この何ができるか?ということをもう少し考えて書いてみます。

2021年11月27日

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